「三重県・いなべ市出身の元プロ野球選手が、シンガポール起業。そしてアジア甲子園大会を主催!?」
三里小学校2年時に野球をはじめ、四日市トップエースで全国制覇。
大安中学校2年時に、日本代表に選ばれた矢先、難病「ベーチェット病」を患い、失明の危機に襲われる...
自身の病気と向き合いながら、愛工大名電高校に進学し、3年夏の甲子園大会に出場。
難病「ベーチェット病」初の甲子園出場を果たし、24時間テレビ「密着900日。背番号10のエース」で取り上げられる。
その後、明治大学に進学し、145キロの速球とスライダーを武器に、2011年育成ドラフト3位で読売巨人軍に入団する。
3年間プレーし、1軍登板はならなかったが、沢山の人に夢を希望を与えた野球人生であった。
引退後は、ジャイアンツアカデミーで1年間野球を教え、
当時京大・東大就職ランキング1位の「アクセンチュア」への異例の転職を果たし、メディアに取り上げられた。
その後、自身の強みを活かしたいと起業を選択し、2024年現在で6年目。
シンガポールで事業を行いながら、「アジア甲子園大会 in インドネシア」を主催しており、沢山の支持を得ている。
三重の田舎町から、活躍の場を東京、海外へと展開している彼は、普段どんなことを考え、行動しているのか。
今だから語れる中学3年生で難病を発症した時の思いなど、地元ならではのトークも交え、せきららに語る会を企画した。